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高知地方裁判所 昭和44年(ヨ)58号 決定 1969年11月15日

申請人 林重道

被申請人 株式会社 高知放送

主文

被申請人が昭和四一年一〇月一日申請人に対してなした被申請人大阪支社営業部勤務を命ずるとの意思表示の効力の発生を仮に停止する。

被申請人は申請人に対し、昭和四四年三月一日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一か月金二〇、〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、当事者双方の求める裁判

申請代理人は、主文第一項同旨ならびに「被申請人は申請人に対し、昭和四四年三月一日から毎月二五日限り一か月金四二、二六一円の割合による金員を支払え。」との裁判を求め、

被申請代理人は「申請人の本件申請はいずれも却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

一、本件仮処分申請の適法性

一般に労働契約においては、労働者はその労働力の使用を包括的に使用者に委ねるものであるから、労務の種類・提供場所などは、特にこれを特定する旨の合意のない限り、それらを個別的に決定する権限は使用者が有するものと解される。しかし、労務の種類ならびに提供場所は、賃金や労働時間などとともに重要な労働条件に当り、労働契約の要素をなすものであることは明らかであるから、使用者が右権限を行使して労働者に対しその職種ないし職場の変更を命ずるいわゆる配置転換命令は、単なる指示または指揮命令にとどまるものではなく、労働条件を一方的に変更させもつて労働契約の内容をも変更するところの、形成的効果を生ずる意思表示と解するのが相当である。

そうだとすると、配置転換命令の効力の有無は当然に民事訴訟の対象となりうるものというべきであり、使用者から配置転換を命ぜられた労働者が、本件の如きその意思表示の効力の発生を仮に停止する旨の仮の地位を定める仮処分命令を申請することも、もとより適法であるというべきである。

二、当事者の関係ならびに配置転換命令の存在

疎明によれば、被申請人は、従業員約一七〇名を雇用し、肩書地に本社を設け、東京都・大阪市・高松市にそれぞれ支社を、中村市に放送局を置いてラジオ・テレビの民間放送事業を営んでいる株式会社であり、申請人は、昭和三五年五月一日被申請会社に入社し本社編成局制作部を経て同報道部に勤務していた従業員であるが、被申請人は昭和四一年一〇月一日付で申請人に対し、大阪支社営業部勤務を命ずる旨の配置転換命令(以下本件配転命令という)を発したことが一応認められる。

三、本件配転命令の効力

1  不当労働行為の主張について

申請代理人は、本件配転命令が、被申請会社の従業員をもつて結成された高知放送労働組合(以下単に組合という)の組合員であり、かつ、当時執行委員(書記局次長)として積極的な組合活動をしていた申請人を嫌悪した結果発せられたもので、労働組合法第七条第一号、第三号所定の不利益取扱いないし支配介入に該当すると主張するので案ずるに、申請人が昭和三五年一一月以降組合に加入していたことは一応認められるけれども、本件配転命令当時申請人が執行委員として組合組織上重要な地位にあつて積極的な活動をしていたこと、および、被申請人が申請人の組合活動を注目していたことについては疎明が十分ではなく、一方、申請人を大阪支社営業部に配転するについての業務上の必要性が一応認められることは後記のとおりであるから、本件配転命令時に至る争議状態を勘案しても、申請人に対する本件配転命令につき、被申請人における不当労働行為意思を認めるに十分でなく、従つて申請人の右主張は採用することができない。

2  人事権濫用の主張について

使用者は、特別の合意がない限り業務上の必要性に基づいて一方的に従業員の配置転換を決定しうることは前示のとおりであるが、これによる職種ないし職場の変更は労働者の生活関係に重大な影響を与えることがあるから、使用者の右権限の行使も労使間を規律する信義則に照らして合理的な制約を受けるものというべく、右制約を逸脱した権限の行使はその効力を生じないものといわなければならない。ところで、被申請会社の就業規則中には

第一二条 従業員の異動については、会社・従業員およびその従業員の所属する職場の都合を慎重に勘案してこれを行なう。

1 従業員は会社が業務の運営上必要がある場合に転勤を命じ、或いは職場または職種の変更を命じたときはこれに従わなければならない。(以下省略)

との規定があることが疎明されるが、右条項は、前示当然の事理を具体化したもの、すなわち転勤等が当該従業員の生活などに多大の影響を及ぼす場合のあることを考慮し、被申請人はこれを命ずるについては業務上の必要性のみならず当該従業員の個人的事情も無視することなく十分配慮することを明らかにしたものと解すべきである。そうすると結局、具体的な事案における配転命令が適正であるか否かは、使用者の業務上の必要性の程度と当該従業員の受ける不利益の度合とを比較衡量したうえ、その権限行使の過程における双方の態度などをも総合的に判断して決せられるべきものである。

そこで、これを本件について検討するに、まず、疎明資料ならびに審尋の全趣旨を総合すると次の事実が一応認められる。

(一) 申請人は、以前中学校の臨時助教諭として美術を担当するなど美術関係の技能を有していたものであるが、昭和三五年の被申請会社の入社試験においても右技能を相当程度評価されて採用され、入社と同時に本社製作部に配属されて、テレビ用の文字(テロツプ)や絵を描いたりスタジオの背景を作成するなど右技能を直接生かしうる業務に従事していた。ところが、昭和三九年四月被申請人は、傍系会社としてRKCプロダクシヨンを設立して右製作部の担当していた美術関係の業務を右会社に移管し、これに伴つて右業務に従事していた従業員の殆んどを同会社に出向させたが、一人申請人については、これを被申請会社に残留させ、同年七月本社報道部に配置換えした。被申請人としては申請人を取材カメラマンとして育成する意向であつたが、内向的な性格の申請人は外勤に出ることを好まなかつたため、被申請人は申請人を報道部のデスク業務の補助として使用するかたわら、飛込みニユースのテロツプの作成などの作業に従事させていた。

なお、申請人は、昭和四〇年五月二〇日本社庶務部タイピストの早岡恵といわゆる職場結婚し、申請人肩書地に同居して社内共稼ぎを続けているが、二人の間には昭和四一年三月一七日長男真一郎が誕生した。そして本件配転命令当時の申請人の賃金は一か月三六、四二九円、妻恵のそれは一か月二六、二七三円であつた。

(二) ところで、従来高知県下の民間放送局は被申請人ただ一社しか存在しなかつたところ、昭和四〇年頃、民間放送局を全国的に各県単位で複数化するためUHF電波を用いた新放送局の設立を認可するという政府方針が発表され、高知県下においても新放送局設立の可能性が確実となつた(現に昭和四三年九月テレビ高知が設立認可を受け、同四五年春放送開始の予定である)。そのため、被申請人としては企業防衛対策上必然的に経営の近代化ないし合理化を迫られることになり、昭和四一年一月に開かれた常務役員会は、その具体的方策の一つとして、機械設備導入による放送自動運行システムの確立と営業面の第一線である東京・大阪支社の強化を骨子とする合理的機構改革ならびにこれに即応した少数精鋭主義による人員配置という基本方針を決定した。

本件配転を含む昭和四一年度の人事移動は、被申請会社従業員三〇名について右のような基本方針の下で行なわれたものであるが、これを具体的に申請人についてみるに、右人事移動の具体案作成に先立ち、大阪支社では当時営業部の内勤を担当していた柏原某(男性)を外交担当に廻して営業強化を実現すべく、同人の後任者の派遣を本社人事当局に要請していたので、これを了承した人事当局は、報道部における申請人の前記職務は女性でも代替できるような性質のものであり、かつ申請人には報道記者になる意欲もなかつたので、この際営業業務の訓練をさせて営業マンとして育てた方が会社の運営方針にも合致し、本人の将来のためにもなるものと判断して本件配転命令を下すに至つた。

(三) 右配転命令を受けた申請人は、これを不服として昭和四一年一〇月三日、三谷総務局長と会見し、美術関係の仕事を続けたいこと、ならびに、大阪支社に転勤になれば家庭生活が破壊されることの二点を理由に再考を申し入れたが、これに対し同局長は前示被申請会社の基本方針を説明し、従業員としての自覚を促す一方、従業員の家庭生活上の事情は特別の場合でない限り考慮しないと主張して説得を続けたけれども、申請人は納得せず、話合いは物別れに終つた。

(四) なお、被申請会社大阪支社勤務の従業員には、賃料一か月四、一〇〇円の社宅が貸与され、通常の賃金の外にその二〇パーセントの額の地域手当および通勤費(実費)が支給されることになつている。

以上の事実に基づいて判断するに、申請人は美術関係の技能を評価されて被申請会社に採用されたものであること前示のとおりであるが、これも美術関係以外の業務に従事させないとの合意があつたとまでは認めることができないところであり、被申請人としては業務上の必要性があれば申請人を他の部門に配置換えすることも許されるものといわなければならず、前示(二)の如き被申請会社内外の客観情勢からすれば、申請人に対する本件配転命令の業務上の必要性は一応存在したというべきである。しかしながら、申請人は自己の性格・経歴等からして大阪支社営業部のような外勤中心の部門に身を投ずることには少なからぬ危惧を抱いていたのであつて、申請人の過去の勤務情況等に徴してこのことを了知していたものと考えられる被申請人自身、申請人が右新業務に直ちに適応するとの見通しを持つていなかつたことがうかがわれるのであり、また、被申請会社の外前示傍系会社を含めて、他に申請人の能力を確実に生かす職域が全く存在しなかつた訳ではないのみならず、申請人と同年度に配転命令を発せられた従業員の数は三〇名の多きに達していたのであるから、この時期に特に申請人を右大阪支社における営業業務に従事させるべき緊急の必要性があり、別人をもつてこれに代えることは困難であつたものとまで認めるには躊躇せざるを得ない。もつとも、使用者がその従業員を新しい職種ないし職場に配置換えすることにより、当該従業員の潜在的能力を発掘し適性範囲を拡張しようと試みることは、企業経営にとつて必要であることは、当裁判所もこれを認めるに吝ではないが、しかし、かかる趣旨での配置転換が実効性を発揮するためには何よりもまず当該従業員の意欲が不可欠であるから、使用者としてはその意向を最大限に尊重して同意を得るように努めるか、それが得られない場合には、当人の家庭生活上の事情等をより慎重に考慮したうえで、その実施時期、方法を決定すべきものと考える。ところで他方、申請人は、当時結婚してから一年半を出でないいわゆる新婚間もない時期であり、しかも、長男が誕生して七か月足らずであつたところ、申請人が大阪へ赴任すれば、共稼ぎを続ける限り妻子との別居生活を余儀なくされることになり(それを避けるために申請人の妻に対し退職を期待することはできない)、そうなれば、大阪・高知間の距離ならびに交通事情からして、たかだか一か月平均一回帰省して夫婦または親子としての精神的、肉体的共同生活を味わうことができるにすぎないことは容易に推認されるところであるから、右別居生活によつて申請人が蒙る精神的打撃は著しいものと認められるし、また大阪在任中は社宅の貸与等前示(四)の配慮がなされるとしてもなお、別居による二重生活がもたらす経済的影響は決して少くないものと考えられる。従つて、このような申請人の家庭生活上の事情を知悉していた筈の被申請人としては、右のような結果を招来する事態を可能な限り避けうるよう慎重な配慮をなすべきであり、しかも、申請人の妻も被申請会社に勤務しているのでそのような配慮をなすことも不可能ではなかつたものと推察されるにもかかわらず、被申請人は事前に何ら申請人の意向を徴することもなく一方的に本件配転命令を発しただけでなく、前示一〇月三日の会見においても右の如き家庭の事情は原則として斟酌しないとの一般的方針に従う態度を固執するばかりで、別居解消等のための特段の配慮を加えることもなかったのであって、このような被申請人の姿勢は、前掲就業規則第一二条の趣旨を没却するものといわなければならない。

以上被申請人の業務上の必要性の程度と申請人の受ける精神的、経済的打撃の度合とを比較衡量し、本件配転命令発令の過程における被申請人の態度を合わせ考えると、結局本件配転命令は前記内在的制約の範囲を逸脱したものとして無効というべきであり、従つてこの点に関する申請人の主張は理由がある。

四、賃金

疎明によれば、本件配転命令を受けた申請人は組合にその不当性を訴え、これを受けた組合は右配転命令を不当労働行為として、争うこととし、直ちに申請人を指名ストライキに入らせたが、昭和四四年二月二六日高知県地方労働委員会が被申請人に対し申請人を原職に復帰させなければならないとの救済命令を発したので、翌二七日組合は申請人に対する右指名ストライキを解く旨被申請人に通告してその就労を要求したこと、これに対し被申請人は、右救済命令を不服として中央労働委員会に対し再審査を申立てる一方、申請人の就労要求を拒否して賃金の支払いもしていないこと、および、右就労要求当時の申請人の賃金額は一か月四五、〇七三円(手取額四〇、六四二円)でその支給日は毎月二五日であつたことが一応認められる。

そうすると、申請人は被申請人から、遅くとも昭和四四年三月一日以降毎月二五日限り、少くとも一か月四〇、六四二円の賃金の支払いを受ける権利があるというべきである。

五、保全の必要性

そこで、進んで保全の必要性について検討するに、まず本件配転命令が無効であるにもかかわらず、被申請人はこれを争つて申請人の原職復帰を拒否していることは前示のとおりであるから、右配転命令の効力の発生を仮に停止しておく必要が認められる。

次に、疎明によれば、申請人の妻恵は昭和四四年三月一日以降被申請会社から一か月約四〇、四八五円(税金等を含む、ただし同年三月分は三四、一一五円)の賃金を得ていること、ならびに、申請人は本件配転命令以後、当時の申請人の賃金額(一か月三六、四二九円)程度の金員を毎月組合から貸与され、妻恵の右収入にこれを合して一家の生計を維持してきたことが一応認められるところ、組合からの右貸与金は早急に返済しなければならない性質のものであるのみならず、最近はその支給の時期・金額等も不規則になつていることがうかがわれるのであつて、これをもつては到底確実な収入とはいえず、また、物価高騰の傾向の顕著な現今の経済情勢を考えると、妻恵の前記収入のみをもつてしては申請人家族三名が労働者として一応最低の文化生活を亨受するに十分とはいい難く、申請人が被申請人から支払われるべき前記賃金のうち少くとも一か月二〇、〇〇〇円については仮払いを受ける必要があると認められる。

六、結論

よつて、本件仮処分申請中、本件配転命令の効力の発生を仮に停止し、昭和四四年三月一日以降毎月二五日限り一か月金二〇、〇〇〇円の割合による金員の仮払いを求める部分は、その必要性が認められるので保証を立てさせないでこれを認容し、その余は必要性が認められないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 安芸保寿 稲垣喬 鳥越健治)

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